☆ 信じられないかもしれませんが、これが事実☆


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楠公研究会代表理事・楠木正成公三男正儀流25代嫡孫・山下弘枝さん

☆ 信じられないかもしれませんが、これが事実☆

歴史を顧みれば、現状の背景とその真実が見えてきます。
彼の国によって武漢コロナウイルスが世界にばら撒かれ、生物兵器によるテロとして世界から脅威とされた今般の禍であったが、実は、この生物兵器なる策は、古代からCHAINAが得意としてきた「お家芸」であった。

嘗て、CHAINAの歴史を大分するに、人口が大幅に減少した年代が四度存在している。
それぞれ280年、764年、1006年、1717年の段階である。
日本でもお馴染みの三国時代とは、広義では黄巾の乱の蜂起の年である漢王朝末期の184年から280年までを指す。
謂わば、黄巾の乱こそが、三国時代の幕開けであったと言っても過言でないが、興味深いのは、黄巾の乱勃発のきっかけに疫病流行が在った事だ。

黄巾の乱とは、張角なる人物が説く「太平道」なる教えは、呪いによって病を治療すると盲信する新興宗教のような集団であったが、これは一側面に過ぎず、実情は、「自由」「平等」なる名のもとに多くの民衆らが惹き付けられ、まるで現代のアンティファを思わせる無政府状態を理想とする黄巾党らが暴徒化し、中国全土に及ぶ大規模な反乱となっていった。

黄巾の乱を鎮圧すべく早々に討伐軍が結成され、黄巾の乱自体は速やかに鎮圧された。
しかし、間も無く、それに台頭するかのようにして表舞台に登場していったのが、何進、董卓、王允、曹操、劉備とその義兄弟、孫権らの所謂「三国志演義」を彩る立役者達である。
つまり黄巾の乱とは、彼らが世に名前を広め、自分の基盤を作るという暗黙なる目的があり、それらを前提として引き起こされ意図的に仕立てられた反乱であったのだ。

三国時代という動乱期に於いて、CHAINA国内では約4,000万人もの膨大な人口が失われている。
そして、三国時代の幕開けのみならず、そのクライマックスたる赤壁の戦いに於いても、やはり、疫病流行という仕掛けが在った。
呉の孫権軍にとって最大の戦とは、魏の曹操軍との軍事的衝突・赤壁の戦いである。
そして、ここ赤壁とは、今般、疫病を発生させた武漢の程近くであるが、なんと、赤壁の戦いの折にも、同じく生物兵器という手法を用いて戦いが行われていた。

207年、北方を制圧した曹操は南征の準備に取り掛かり、巨大な水軍を引き連れ呉を侵食すべく南下してきた。
孫権の幕内は、来る魏の大水軍を前に、降伏派と開戦派に分かれ、紛糾していた。
降伏派筆頭の張昭らは「曹操は天子の命を奉じる体裁を取っており、これに抗戦すればこちらが逆賊となりかねない。
また、曹操は陸のみならず水軍をも手中に収めており、水陸から挟み撃ちにされれば、もはや勝つ見込み等在り得ない」と主張する。
対する徹底抗戦派の筆頭が、周瑜と魯粛である。
「曹操は漢の丞相を自称しているが、実の処は天子を侮辱する賊であるので名分論は当てはまらない。

我が君主の神の如き才知武勇と、偉大な武勲によって築き上げられた呉は、領土も物産も兵も豊かであり、天子の為に賊を祓い得る力を十二分に備えており、今や厳寒の季節にあり、放っておいても士気が下がりつつある魏軍に降るなど、愚の骨頂。
魏軍の兵士らは、慣れぬ呉の風土での長期にして密集した野営によって、必ずや疫病にかかるであろう。
そこを見逃さず攻撃をかければ魏軍を破ることは充分に可能である。
自ら夏口へ出撃させていただき、必ずや曹操軍を破ってお目にかけよう」
周瑜によるこの有名な弁によって、遂に孫権は魏軍との開戦を決意、魏軍と呉蜀連合軍が激突する赤壁大戦の火蓋が落とされたのである。

かくして、周瑜の予言通り、魏軍では疫病蔓延。
士気が激しく減退していた処へ、更に、黄蓋の建策による火計と偽降の計によって、油にまみれた薪を満載した火船を差し向けられた魏軍の船団は一気に燃え上がり大打撃を受け、あえなく大軍は一網打尽、果たして曹操は魏へ潰走した。

当然ながら、黄巾の乱と赤壁の戦いのいずれも、意図的に蔓延させられた疫禍であるのは明らかである。
特に、赤壁は武漢の程近くである。

さて、現在。
疫病禍は終わり、それに取って代わるようにして米国でのアンティファによる暴動が激化している。
当然ながら、武漢コロナウイルスをばら撒いた者とアンティファへの資金援助を行っている者は同一の者、則ち、その者とは中国共産党である。
元来、中国共産党の君主にとって民は奴隷のような存在に過ぎず、そんな国柄のかの国であるので、自国民を生物兵器に仕立てて敵陣へ送り込むなど、彼らには一片の抵抗も無い。
生物兵器はCHAINAが得意としてきた古典的な計略であり、幸か不幸か、隣国であった日本は、かの国の歴史に触れる事も多かった為に、日本人にとっては此様な卑劣なCHAINAのお馴染みの計略に耐性があり、しかも、何ら珍しくも無いし脅威ですら無い。
ところが、さしてCHAINAの権謀術数に耐性の無かった欧米は、さぞかし、今回の禍によって相当な震撼に陥った事であろう。
まさか、自国民を生物兵器に仕立てて世界にばら撒く計略など、欧米人にとっては想定外であった事は想像に難くない。

武漢禍に始まる一連の騒動の本質とは、香港問題等も含め、大観すれば、とどのつまり、米中覇権争いである。
であるので、CHAINAは、米国に対して執拗に攻撃を仕掛け、武漢禍によって社会が大混乱に陥っている処へ更なる暴動をけしかけて、この機に乗じて米国を転覆せしめんと目論んでいるのだ。

嘗て、日本はその長い歴史の中、中国という大国の近くに在って、彼の国の思想、兵法書たる四書五経をも己のものとし熟得してきた。
奇しくも、今般の病禍が赤壁近くの武漢から拡散されたのも、偶然かもしれぬがこれもまたなかなか興味深い。

誠に日本人で良かったと改めて感じるこの頃である。
欧米諸国とっては想定外の訳の分からぬ中共の術数すら見通す事のできる日本の叡智に、世界はリスペクトを新たにする事であろう。
長い日中の歴史の中で、様々な権謀術数を、日本は近くで見てきたので、彼の国の計略は熟知できており、欧米よりもCHAINAへの対処にはずば抜けて長けている。
習近平国賓問題も、感情論は抜きとし外交面のみで考えるならば、要は、相手を出し抜き腰砕けにして掌の上で手懐ける為の餌に過ぎないのだ。
そうゆう意味では、国賓扱いを素直に喜んでいた臭菌屁より日本の方が上手という事になる。
さすがは、我らが日本!
ameblo.jp/chihaya0425



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