御神託を受け、日本武尊の軌跡巡拝


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楠公研究会代表理事・楠木正成公三男正儀流25代嫡孫・山下弘枝さんは伊吹山頂にいます。

伊吹山頂にて、今般の一切の禍を封印すべく。
「伊吹山頂の荒ぶる神の真の姿 ~首都圏緊急事態宣言解除の日・令和2年6月19日に下った御神託を受け、日本武尊の軌跡巡拝~」

令和2年6月19日、最後に残されていた首都圏緊急事態宣言解除が決定。
実は、その決定の半月前、宣言解除日決定前に、6月19日に伊吹山頂の日本武尊の聖蹟を拝するよう御神託を感じ、雨模様の天候ではありながら決行した。

それは、遡る事約半月前の伊吹山山頂を目前にした折、6月19日に改めて来るよう御神託が下されたと確信していたからである。

東国征伐を終えて間もなく、日本武尊は、結婚の約束をしていた尾張国造家の娘・宮簀媛と結婚をする。
景行天皇40年、日本武尊は近江の胆吹山(いぶきやま)に、在地大豪族・伊福氏が祖神として祀る荒神の存在を聞き、かような神等素手で退治し、伊福氏等難無く服従させてやるとばかりに、倭姫より身から離さぬようにと授けられた天叢雲剣を外して妻の宮簀媛(みやずひめ)の実家である尾張国造家、則ち、現在の熱田神宮宮司家に置き、徒歩で向かわれた。

伊福氏とは、出雲より、「息吹」というたたら製鉄の技術をここ不破の関一帯に伝え、この地に根付き、代々、たたら製鉄技術によって大きな権威を誇った一族で、彼らが祖神として祀ったのが八岐大蛇の荒御魂であった。

また、天照大御神の御代まで遡れば、素戔嗚尊が出雲に於いて八岐大蛇を退治、その尾から出てきた天叢雲剣を天照大御神に捧げた処、天照大御神は「これは、以前、伊吹山頂にて私が無くしてしまった剣である」と大層喜ばれたと伝わる。

日本武尊より以前に、既に天照大御神御自身が伊吹山頂を目指された事も判明したが、何故、神々が伊吹山頂を目指されたか、その理由とは、大和朝廷の更なる基盤強化の一つとして、伊福氏の持つ特殊技術を大和朝廷に組み込ませるという重要課題であったからに相違無い。

日本武尊が胆吹山に赴く道中、牛程の大きな白い猪に出会う。
武尊は、「これは山の神の家来だな。
帰り道で相手になってやろう」と大きな声で威嚇してやり過ごした。

間も無く、胆吹山に登頂しようとするや否や、突然、視界を遮る濃い霧と大風と共に激しい雹が降り出し行く手を阻んだ。
実は白い猪は山の神の家来ではなく山の神そのものであり、日本武尊が山神を軽んじる発言をしたのみならず、山の神を威嚇した為に、遂に山の神の逆鱗に触れ、山の神は毒気を放つ大蛇となって道を塞いだ。

この時に受けた毒気が日本武尊に致命的打撃を与える事となってしまう。

雹に打たれ、寒さの為に体力を著しく消耗した日本武尊は、養老山系の霊泉「居醒泉」を飲み、山麓の薬草を頂き、一旦、正気を取り戻したものの、その後も体調は悪化し続けた。

その後も製鉄神を従えるべく鉱脈に沿って行軍するも、現在の養老山麓の多芸野では、「今は歩くこともままならなず、足がたぎたぎと軋む」と弱音を漏らしている。

その行軍と途上、鈴鹿国能褒野にて、最期の時を知った日本武尊は、「大和は国のまほろば たたなづく 青垣山こもれる 大和しうるはし」と辞世の御歌を遺し、没する。

武尊の死の報を聞いた妻や子供たちは、野褒野に駆け付けた処、その御陵から大きな白鳥に姿を変えた日本武尊は天空高く翔び立ち、棺には武尊の衣のみが残された。

白鳥は、が能褒野、大和琴弾原、河内古市を経て天空へと天翔けていった。

実は、今年に入ってから、出雲の神々が降臨する稲佐浜、そして、伊福氏が同じく崇めた金山彦神を祀る南宮大社に於いて、大きな白鳥からの御神託を拝受した。

今般の伊吹山頂は、その御神威を遵守すべく、必ず登頂せねばならぬものであった。
二日に亘り、登頂参拝を行ったが、一日目は日本武尊の和御魂を、二日目は荒御魂を、それぞれの姿を変えてお見せになられた。
殊、あらん限りの御神威を放出してその偉大さを我々に見せ付けられた荒御魂の凄まじさは言葉では表現できるものではない。
同時に、これ程の大きなお力を以て、現代に於いても尚、国土国民を御守りくださっている事への感謝と畏怖の念を新たにした。

山頂には、やはり出雲との関わりの深さを示すべく、素戔嗚尊に垂迹したとされる薬師如来を本尊とする伊吹山寺奥の院「覚心堂」が建立されていた。

下山する時、何度か、荒ぶる何かに神憑りされたような、まるで発狂し暴発しそうになる衝動に駆られた。
すぐさま、これは八岐大蛇の荒御魂による神憑りだな、と察し、それを振り切るべく、走った。
すると、走る私のすぐ傍らに明らかなる人の気配を感じた。
振り返り見ると、同行していたカメラマンは遠く先の方で霧に白く霞みつつ、のんびりと下山している。

人が居たのは気のせいかと、気を取り直し、更に、前を向き歩くと、再びすぐ横で気配を感じる。
足音と衣擦れの音だ。
あれは日本武尊の御神霊が傍に降臨されて下さり、八岐大蛇の荒御魂の神憑りからお護り下さっていたのだと今更ながら確信している。

最強の武神・日本武尊。
その申し子であったのが織田信長である。
信長が掲げた「天下布武」の真意とは、群雄割拠する動乱の世を帝の下に於いて、日本武尊の武の御神徳を世に布く事により、国家を一つにまとめ、平安の世を造る、という信長の強い意志の現れであり、日本武尊への誓いである。
その誓いを立てると共に、信長は伊吹山麓に、日本武尊の御神霊をお慰めし、また、その御神威を頂く為に、山の神の毒気にやられた日本武尊を助けた薬草を植えさせ、一大薬草園も築いている。

現在は、伊吹山の西南麓と東南麓に、それぞれ伊夫岐神社、伊富岐神社が鎮座し、山頂の八岐大蛇の荒御魂を今も奉斎している。

出雲と伊吹山、日本武尊と織田信長。
その系譜が明らかとなった今般の拝礼であった。

多くの事をご教授くださった神々に深謝の絶えぬ思いである。



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