金屋子神社


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楠公研究会代表理事・楠木正成公三男正儀流25代嫡孫・山下弘枝さんは、金屋子神社にいます。 島根県 安来市

島根県安来市広瀬町に鎮座する金屋子神社は、全国の製鉄業社の総氏神にして、金山彦・金山姫信仰の総本社にあたる非常に由緒深く、同時に、謎に包まれた古社へ、恵みの雨の中、出雲の山深くに坐す金屋子信仰根源神、そして降臨の地たる奥宮へ参拝に上がらせていただいた。

「日本最古たたら製鉄の祖神・金屋子神」

日本最古の製鉄は、出雲発祥の「たたら製鉄」に端を発するが、たたらの秘伝を民に伝えたのが、遥か昔に出雲の地へ降臨した金屋子神社創祀に深く関わる金屋子神という女神である。

金屋子神は、播磨国の岩鍋(現・兵庫県宍粟市)の地の人々の雨乞いの祈願を受けて一旦はかの地に降臨したものの、そこでは安住の地を得る事が叶わず、「我は西方を主とする神なれば、西方に赴き良き処に住まん」と言い残し、白鷺に載って西方へ飛び立ち再び゛出雲の現在の金屋子神社奥宮の鎮座する地・出雲奥非田の山頂へ降臨、そこに植わっていた桂の木にて羽を休めていたところ、偶然にそこを通りかかった、この地の住人・安部正重と出会う。

金屋子神は安部氏に「吾は金山彦天目一箇神なる金屋子の神である」と告げ、これを聞いた安部氏は大いに畏れ直ちにこの桂の木の傍に神殿を築き、安部氏自らが宮司として金屋子神を丁重に迎えお祀りした。

金屋子神も、安部氏の崇敬心に応えるべく、自らを鍛冶技師「村下(むらげ)」と名乗り、当地の人々に秘伝たる「たたら」の技術の伝承敷衍に努めた。

以後、代々、安部氏が宮司職を務めている。

「たたら製鉄」とは、鞴(ふいご)を用いて風を送り込む事によって火力を高め良質の鉄鋼を生成する技術であり、その技術の伝播によって石見銀山を始めとした全国の銀山はもちろんの事、鍛冶鋳物業全ての鎮守神として崇められ、現代に至るまで鉄鋼業全ての職場に於いては必ず金屋子神を奉斎している。

我が国の技術発展に大いに寄与し大いなる御神威を誇る金屋子神であるが、他方では、謎めいたエピソートを幾つか有している。

・犬が大嫌い。理由は、三つ目の犬に噛まれた傷が元で亡くなったから。

・ある日、三つ目の犬に吠えられ追いかけられて、逃げようとしたところ、蜜柑と藤の木に捕まって助かったので、蜜柑と藤は大好き。

・安部氏と出会った桂の木は大好きな御神木。

・また、ある日、三つ目の犬に再び追いかけられて逃げようとしたところ、麻につまず゛いて転倒し、犬に噛まれた怪我が元で亡くなってしまった為に、犬と麻が大嫌い。

・鉄不足に陥った際には、「たたら炉の周囲の柱に亡くなった者の死骸を吊るせ」と神託を下し、その通りにしたところ、大量に鉄を採る事が出来たという逸話も伝わる。

・自身が女性なので、女性が大嫌い。なので、現在でも、鍛冶関係の作業場は女人禁制。

時を経て、金屋子神は、金山彦・金山姫・天目一箇神と同一視されるようになっていった。

一方、「古事記」では、伊邪那美命が火之迦具土を産んだ際に大やけどを負い、病床て゛罹かれた嘔吐物から金山毘古神、金山毘売命が生まれたとあり、「日本書紀」の金山彦生誕の描写について「枯れ悩み(かなやま)こし悶熱懊悩因為吐」、則ち、伊弉冉命の全ての力が枯れ悩みこした挙げ句、大やけどによって激しく苦悶した一連の症状をも一つの「神事」と捉えている。

また、「金屋子」という社号そのものが「枯れ悩み児」なる意味を表す事に照らせば、この地が、伊邪那美命の終焉の地である事も示唆しており、この地で亡くなった伊邪那美命はその後、現・東出雲町の「黄泉比良坂」へ埋葬されたと考えられる。

また、金山神を奉斎する南宮大社や天目一箇神を奉斎する多度大社等多くの鋼鉄神が鎮座する地域は古来からの鋼鉄の産地であるが、その御神域近くの不破の関が非常に重視された事、この地を日本武尊が通られた事、天武帝や元正帝、聖武帝等各御代に於いて不破近辺が御巡幸のルートとされた事などを鑑みれば、不破周辺か゛古来からの鋼鉄の産地であり、その事が当時、非常に重要であり尚且つ聖地として捉えるべき一大要素であった事が窺われる。

また、金屋子神と同視される天目一箇神は風を司り、風神の鎮まる八風峠の麓に於いて御神威を誇るが、これは「たたら神」たる金屋子神ならではの特徴であり、鞴の風が尊ばれた事、そして、日本武尊をも破った、同じくたたら由来の神である伊吹大神の御神威への敬仰がそれらの風信仰へと繋がっていった。

日本武尊の辿られた道は鉱脈の道であったし、その鋼鉄技術の発祥の地が出雲であったのだ。
それが証拠に、伊吹の神は八岐大蛇の化身であり、これを退治すべく伊吹山に赴いた日本武尊は、謹みの心を忘れていた為に伊吹大神の猛烈なる御神威によって退けられる事となる。
「祟り」という言葉があるが、この語源は「たたら」にあり、元来は大いなる御神威への畏れを表すものであった。

神々の御神威が非常に偉大なるものである事を古代の人間はよく認識していた。

ましてや、我か゛国は神国である。

未た゛にコロナコロナとマスメディアが一斉連呼の扇動行為に及び、国民は自らを生かし守護くださっている神の存在を顧みず、扇動工作に易々と呼応するが如く只やみくもに不安を掻き立てられ右往左往するという有様であるが、何よりもまず、この国か゛神国であるという事を今一度、我々神州の民はしっかりと自認し、その覚悟と胆識、そして誇りを再び思い出さねばならない。

コロナ禍とは、神の下されし警鐘である。



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